読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

高専カンファレンス in 沼津2に参加してきたよ

表題の件でいろいろ思うところがあったので、ちゃんと記録に残しておこうと思います。

まずは開催おめでとうございます。
そして無事に会が終了できたのは、運営スタッフを始めとした参加者の皆さんのご協力の賜物であり、
大変有り難く、また幸運に恵まれた結果であると思っております。
スタッフ各位、発表者各位、そして参加者の皆々様ありがとうございました。
そしてお疲れ様でした。

今回の開催は、当初開催までの期間の短さなどから心配していた部分もあったのですが、
蓋を開けてみれば心配がただの杞憂であったことが判りました。
本会においては細かい部分に目をつむれば(運営的な面のお話として)、概ね良かったのではないかと思っています。
各発表についての論評は、本記事の本題ではないので、ここでは差し控えさせて頂きます。

といったところで本題です。
このエントリの趣旨は、以下の2つです。

  1. ホストとゲストという立場を知ろう
  2. 制御されない自由はただの暴走でしかない


詳細を語る前に一応断っておくと、内輪感がどうだとか、
コミュニケーションがどうだとか、そういう話はこのエントリの本筋ではありません。
そういうのを期待していた人は各個人のブログにでも好きなだけ書いてください。


「ホスト」と「ゲスト」という立場

といったところで、まず1つ目の「ホストとゲストという立場」についてです。

高専カンファレンスの運営は、各開催の実行委員に委ねられており、
個別の開催に関する実務的な権限に関しても、原則として各運営の裁量に任されています。
そしてカンファレンスを形作るのは運営だけではなく、発表者や参加者が一体となって成り立っています。
ここで言いたいことは、参加者はお客さんではないとか、スタッフも参加者も垣根は無いとか、そういうことではありません。
むしろ逆で、スタッフと他の参加者は明確に違うんですよということを理解してもらいたいと思っています。
会場を押さえたり、場の運営をしたりする以上、スタッフには参加者に支持を出す権限がありますし、
第一義的にスタッフは支障が出ないように場をコントロールすることがそもそもの仕事なわけです。
参加者が起こした問題は、それを抑えられなかったスタッフの責任ですし、運営側の最高責任者の不手際なわけです(参加者がどうであれ社会的な道理で言えば運営者の責任であることは明白です)。

今回の開催ですごく気になったのは、ホストがゲストに対して、満足な対応ができていたのか?という点です。
一人で寂しそうにしている人がいたら話しかけてみるとか、そういう簡単なことで良いんです。
そういうことやれてましたか?初めて参加した人が、居心地の良い空間づくりができていたでしょうか?
ホストとして、礼節をふまえた上で恥ずかしくない対応ができていましたか?
あなたがたのしていたことは、ただの独り善がりでは無かったですか?

「制御されない自由」はただの「暴走」でしかない

私はできるかぎり自由を尊重したいです。
それがたとえ多少の危険や問題を抱えていたとしても、自由であることの利益が大きいのであれば、
その価値を可能な限り優先したいと思います(具体的に何がどうだって話は書けないこともあるので書きません)。
ただ、その自由がいきすぎてしまえば、時に無作為に人を傷つけたり、何らかの災禍を引き寄せたりしてしまいます。
楽しさや自由の裏側で、それを支えるべき道理があるのだということをきちんと理解してください。
若いうちはノリや勢いが大事なこともあるでしょう。そういうときは年嵩の人間がきちんと手綱を握りましょう。
それができる体制や信頼関係を作るように努力してください。
もしそうしたことが出来ないようであれば、たとえどんなに優れた人であっても、人や組織を率いるべきではありません。
厳しいことを言うようですが、今回の開催の一場面を切り取って見ると、子供の集まりでしか無いように見えました。
子供の集まりがやりたいなら別の形で、誰の迷惑にもならないようにやってください。

まとめ

線のひき方を間違えないでください。
線を超えるのは、線をひいた後でいくらでもできます。
まずちゃんと線をひくことを覚えましょう。